大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大津地方裁判所 昭和53年(わ)296号 判決 1978年12月26日

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

押収してある注射器、注射筒及び(ケース入り)注射針各一本を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  《省略》

第二  法定の除外事由がないのに、

一  昭和五三年五月一五日ころ、大津市藤尾奥町地内の市道(通称小関越え道路)横広場において、フェニルメチルアミノプロパンの塩を含有する覚せい剤粉末約〇・〇二グラムを水に溶かして自己の身体に注射し、

二  同年八月二六日ころ、○○市○○区○○○○町××番地の×所在○○荘第二棟二階六号室A方居室において、前同様の覚せい剤粉末約〇・〇三グラムを水に溶かして自己の身体に注射し、

もってそれぞれ覚せい剤を使用し、

第三  岩井仁が法定の除外事由がないのに、前記第二の二記載の日時、場所において、前同様の覚せい剤粉末約〇・一グラムを水に溶かし、これを自己の身体に注射により使用した際、頼まれて同人のため右水溶液を同人の身体に注射してやり、もって同人の右犯行を容易にしてこれを幇助したものである。

(証拠の標目)《省略》

(昭和五三年九月二九日付起訴状記載の公訴事実にかかる訴因を排斥し、判示第三のように認定した理由)

昭和五三年九月二九日付起訴状記載の訴因は「被告人は、岩井仁と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、判示第三記載の日時、場所において、覚せい剤粉末約〇・一グラムの水溶液を被告人において岩井の右腕に注射してやり、もって覚せい剤を使用したものである。」というのである。前記挙示の関係証拠によれば、

被告人は、判示第三の日時、場所で大谷豊及び岩井仁と在室した際、大谷が所持していた覚せい剤粉末を取り出したので、まづ被告人がその一部を貰い受け、そのうち約〇・〇五グラムを水に溶かし、所携の注射器で自らの身体に注射して使用したが、さらに岩井もまた大谷から右覚せい剤粉末約〇・一グラムを貰い受け、自らこれを水に溶かし、右の注射器を用いて自己の左腕関節部の静脈に注射しようとし、数回注射針を刺したり抜いたりして注入を試みたものの、首尾よく注入ができなかったところ、傍らに居合わせた被告人に「とみ、入れてくれ」と頼んだ、そこで被告人は、頼まれるまゝ右注射器を手にして同人の右腕関節部の静脈に注射してやったこと、そのあとまた被告人は、さらに大谷から覚せい剤粉末約〇・〇三グラムを貰い受けてこれを水に溶かし、右注射器で自らの身体に注射して使用したこと、岩井自身はこの時以前にもしばしば覚せい剤を使用していたこと、

以上の事実が認められる。覚せい剤取締法一九条にいう覚せい剤の使用は、自己使用に限定されるものではなく、他人に使用させる場合も含まれると解されるし、覚せい剤の水溶液を注射器で人の身体に注射することは、それ自体が覚せい剤の使用と目される場合もありえようが、前記認定の事実によれば、被告人は、岩井において自ら覚せい剤の水溶液を注射しようと試みる途中で、同人に頼まれるまゝその手で同人に注射をしてやったというもので、結局、同人の身体に注射をしたのは被告人自身であるけれども、しかし右所為における被告人は、自ら又は他人に覚せい剤を使用させようとの積極的意図を有していたとは認め難いのであって、覚せい剤使用の正犯意思を欠き、岩井の覚せい剤使用行為を幇助する意思を有したにすぎないと認めざるをえないから、いわゆる正犯の犯行を容易ならしめる故意のある幇助的道具と認めるべく、これを正犯に問擬することはできないと解さなければならない。右のような被告人の所為の場合にまで岩井との共謀共同正犯による覚せい剤の使用と解するのは相当でないと考える。そこで被告人の所為は、判示のように岩井の覚せい剤使用の幇助犯と認定した次第であるが、右認定は訴因に掲げられた構成要件該当行為以外の行為だけによる幇助犯認定の場合とは異るので、訴因の範囲内の認定といえるし、被告人の防禦を妨げないから訴因変更の手続は必要ないと解する。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法一七七条前段、六〇条に、判示第二、第三の各所為は覚せい剤取締法四一条の二の一項三号、一九条(判示第三の所為については、さらに刑法六二条一項)に、それぞれ該当するところ、判示第三の罪は従犯であるから同法六三条、六八条三号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、押収してある注射器一本は判示第二の一の、同注射筒及び(ケース入り)注射針各一本は判示第二の二の各犯行に供した物で、いずれも被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項によりこれらを没収することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂詰幸次郎 裁判官 大津卓也 岸本一男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例